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微量放射線の影響に関する研究は思ったより進んでいた

いろいろ調べているうちにこれまで僕の主張している放射線影響理論は、「しきい値なし直線(LNT)仮説」と呼ばれるものであることがわかった。 以下の雑記記事では、微量放射線のマウス実験の結果を分析している。 電中研ニュース407号「解明すすむ微量放射線の影響」 この記事では僕の唱えるLNT仮説はリスクを過大評価した時代遅れの論理であると位置づけている。さらに、微量の放射線は、有害どころか寿命を延ばしたり、病気を防止する効果を持っているとの研究結果を実験データとともに明らかにしている。 微量の放射線は人体に 好影響をもたらすという、よく研究者がやり玉に挙げられているあの主張である。僕も正直、ここまでの研究結果が出ているとは思わなかった。 以下のチャートを見てほしい。「生体に影響のない領域」と「有害な領域」の間に「有効な領域」の青いエリアがあることが わかる。最初は、これは驚くべき結果だと思ったが、放射線をインフルエンザワクチンと同じようなものとして捉えてみると確かに合点がいく。微量のインフルエンザウィルスは、生体の防御反応を呼び起こし、抗体を生成する。それにより、ウィルスが次回侵入してきたときには臨戦態勢が整っており、感染を防ぐことができるというわけだ。 うーん、いや、そうなのか。深いな。 ところで、この研究結果について知っている人はどのくらいいるだろうか? この資料を公開している放射線安全センターのサイトは一見の価値がある。 放射線安全センター自体は、LNT仮説を支持しない立ち位置であるが、以下のトピックスをみると、同様にLNT仮説を支持しない研究者がたくさんいることがわかる。 http://www.denken.or.jp/jp/ldrc/study/topics/20080604.html この実験結果を見る限り、微量の放射線に限って言えば、彼らの主張どおりLNT仮説は当てはまらないんじゃないかと個人的に感じている。しばらくWatchしていきたい。 (追記) 本件に関しては、Open ブログ:微量放射線の影響  でも非常に細かく解説してある。興味がある人は見てほしい。

大作

[2005/9/7 Circle of Rock] B’zのコンサートに行ってきた。Circle of Rockというツアーだ。以前、彼らのコンサートに行ったのはワールドカップの前夜祭のときだから、3年前か。 今回は観に行くかどうか最後まで迷った。結局前日に入手。正直定価の7500円だと高いなという気がしていた。裏技を使って半額以下で仕入れられたので、行くことにした。仕事を定時で切り上げ、荷物を置いてから会場へ。やはり東京ドームまで自転車でいけるのはいい。入ってみるとほぼ満席。相変わらずの人気だ。女性の比率が高いが、男性も多い。 最初のほうは、最新のアルバムからのチョイスばかりだった。CIRCLEはあまり聞き込んでいないので、あまり乗れず。 中盤以降は昔の曲からのチョイス。ALONEがよかった。あと、Happy Birthdayかな。いい曲だが、リリースしてないのかな。持っていない。愛のバクダンも好き。 [7/15 Ozzfest at TWEETER CENTER, Mansfield] 今回の旅のメイン目的のひとつ。今年のOzzfestのツアーの初日であるこの日のMansfieldに行くことにした。Ozzfestは今回2回目。前回は2003年のニューヨーク州バッファロー。 チケットはいつものとおり、TicketMasterで購入した。 ホテルはQuincyというところにあったのだが、Mansfieldまで結構距離がある。アメリカは本当に車がないと何もできない場所だ。日本だと、公共交通機関で大体は用が足りる。ボストンも市内は地下鉄とかコミューターレールとか充実しているが、ちょっと郊外に出ると、車でしかいけないところがたくさんある。今回のTweeter Centerもがんばれば電車でいけなくはないが、一番近くの駅まで数マイルある。駅から会場まではどうしてもタクシーが必要だろう。結局、高くつくが、ホテルから会場までタクシーで行くのが楽だろうと考え、フロントにタクシーを呼んでもらう。その間、スタバで朝食。 タクシーが来た。行き先を伝えるが、なんかおかしい。フロントには、Tweeter Centerって伝えたつもりが、Quincy Centerとタクシーのおっちゃんに伝わっていたらしく、もめる。おっちゃんは、Tweeter Centerなんて知らないらしい。もってきた地図を見せるが、不安そう。とりあえず本部に連絡をとってもらって、行ってくれることになった。 案の定、おっちゃん迷う。ガソリンスタンドに聞いたとおりにいっていたら袋小路に入り込んでしまった。たまたま車がとおりかかったので、行きかたを聞いてみたらその車もそっち方面に行くらしく、付いていくことになった。おっちゃんナイス。頼りなさそうだが、案外機転が利く。 なんとか目的地に着く。正味1時間ぐらいかかった。チップ込みで80ドルぐらいはらったかな。迷った時間もメーター回ってた。 朝9時ぐらいだったが、すでに人は多い。早速入場する。 ミス1:実は、Tweeter Centerのホームページをみてたら、バックパックはアーティストの規制がなければOKって書いてあったから、もっていったんだけど、だめだと言われる。前回のバッファローでもやっぱり同じことを言われていたんで、もう少し慎重になるべきだった。失敗は繰り返しちゃだめだ。去年のメタリカのときも同じ失態をやらかしていたからな。 いつもどおり、駐車場の脇のの雑木林にバックパックを隠す。隠し場所は難しい。あとで見つけないといけないからあまり複雑なところには隠せない。終わったときは真っ暗だからな。目印を慎重に定めてバックパックを隠す。 ようやく手ぶらになったので、入ろうとするが、入り口で財布についているチェーンがだめだといわれる。警備の兄ちゃんは「切れ」というが、切れそうにない。 しばらく考えて、ボディーチェックをする人によってチェックの厳しさが違うんじゃねーかという推測の元、別のボディーチェッカーのところから入る。もちろんチェーンは隠して。すんなり通れた。世の中こんなもんか。 会場に入ると、出店の列。とりあえず歩いてみる。食べ物からグッズからいろんなものが売っている。入り口で規制されたチェーンみたいのが、出店で堂々と売っているのには閉口した。 ミス2:30分ぐらいかけて会場を一周してみたが、特に買いたいものもないし、現金もあまりない。ヘッドライナーがサブステージで演奏をしているが興味を惹かれない。困った。お目当ては、メインステージのアクトだからスケジュールに目を通すと16:30くらいから始まるらしい。あと6、7時間やることがない。。。。 意味もなく歩き回ったりして、無意味な時間をすごす。今考えるとたまにはそういうときもいいかなと思うが、灼熱地獄のなかの数時間はかなり長かった。とにかく、やることがない。本やテレビでもあれば、時間はつぶせるんだが。汗だくになる。会場を何周しただろう。ゆっくり、電車でことことくるか、ボストン市内を十分に観光できたなーと、後悔。こういう大きいフェスティバルでは、お目当てのバンドの時間を調べとかないといけない。 いろんなアトラクションをやっていた。軍隊系の迷彩服を着た人たちが主催してたのが、懸垂選手権。次から次へ挑戦者がひたすら懸垂をしていた。懸垂には自信があるが、暑いしやめといた。 となりにはサッカーのアトラクション。数ドルで3回ボールをけって、5メートルぐらい前にいるひとの頭に当てたら商品をくれるらしい。俺が見た限り成功した人は0だった。これは、もうかってるんじゃないかな。 ミス3:現金がない。行きのタクシー代が予想よりも高かった。帰りのタクシーを考えると、現時点で現金が足りない。飯も食いたい。よく見ると、数箇所にATMが。銀行のカードしか使えないと思ったが、だめもとでキャッシュカードを入れてみる。どうもキャッシングもできるみたいだ。最初に$40、次に$60キャッシングした。最悪の事態は逃れた。カード社会に感謝。 ATMの近くで、口論している人たちを見つけた。おかんとおとんとその子供 VS おっちゃんの口論。おかんがおっちゃんに激怒している。おっちゃんもぜんぜん負けていない。子供があたふたしている。今にも泣き出しそうだ。係員の人が来て、外に連れ出されていた。 警備は厳重。州警察も見かけた。 東洋人らしき人は会場では、見かけなかった。前のバッファローでは結構みかけたけど。 ミス4:帰りのタクシーを呼ぶのに電話番号がない。ホテルで調べとくべきだった。以前のバッファローでタクシーの電話番号がわからず、危うく野宿か、という事態になったので、それが怖かった。コミューターレールも真っ暗の中、駅を探すのが大変だし、第一、最終電車に間に合うのかかなり微妙だ。インフォメーションセンターに終電の時間とか聞こうかと思ったが、いい答えが出てきそうにないと感じたので、やめた。 ホテルに電話しようか、乗ってきたタクシーに電話しようか、いろいろまよった。メモ用の筆記用具がなかったので、シールの屋台で鉛筆をぱくった。シールを選ぶ振りをしつつ、鉛筆をポケットに入れた。ホテルの電話番号をメモってきたけど、それを無くしてしまった。公衆電話機のところに何回も行ったりした。ひとつ気にになったのは、公衆電話が果たして、会場の外にあるのかということと、インフォメーションセンターがライブ終了後も開いているかどうかということだ。もしそうなら、ライブが終わってからでも何とかなるが、しまっちゃうんじゃないかという不安があった。最終的にメインステージが始まる前に、インフォメーションセンターにタクシー会社の電話番号を教えてくれと聞いた。これはかなりの勇気が必要だった。どうも終わった後にタクシーがとおりの向こうまで拾いに来てくれるらしい。ほっとした。これでライブが楽しめる。 インフォメーションセンターは盛況だ。アトラクションとかで景品をゲットした人や、グッズを買った人が荷物を預けに来ているのだろう。 ミス5:帽子を持ってきとくべきだった。暑い。まぶしい。日焼け止めもわすれた。サングラスも。 あまりに暑く、ペットボトルを4本ぐらい飲んだ。食事はハンバーガーと、ホットドック。 メインステージの芝生に寝転がったりして、過ごす。郊外なので緑が多い。きれいな風景。たまにはこんな時間もいい。一番後ろの壁のところには、蜂がいる。とりあえず、自分の席に移動。ステージ向かって右側の席。雨よけの付いていないところ。ステージまでは100メートルぐらい。 自分の列の右側のほうで、中学生ぐらいのガキが2人座っている。そこに中年のおっちゃんが来る。何を話しているのかわからなかったが、口論しているように見える。親子ではなさそうだ。ガキがいやそうな顔をしている。彼らはあきれたように席を立つ。しばらくしてガキが戻ってきたがまたやりあっている。何を話しているんだろう。このおっちゃん、何か目をつけられているらしく、後ろの列の人から罵声を浴びせられていた。 ようやく、日も暮れてきたころ、メインステージに人が集まってきた。人の数も朝よりもかなり多い。エディーの仮面をかぶったやつが奇声を上げる。もりあがってきた。 IN Framesからステージが始まる。 まず、BLSのZakkに度肝を抜かれた。ヘビーさは相変わらずだが、途中で前に乗り出しすぎて、客にギターを取り上げられる。ギターが戻ってきたと思ったら今度はZakk自身が客席へ落ちてしまう。本当に自由奔放。しばらくは、ドラムとベースだけで演奏していた。彼のピッキングハーモニクスは本当にかっこいい。実は、BLSはヘビーすぎて好きじゃない。PRIDE [...]

ケネディのメモ

[2005/7/16 A.M] 朝起きてホテル1Fのスタバへ。旅行のメイン目的のひとつである野球は午後からなので、午前は何をするかは前日まで決めていなかった。部屋にあったホテル案内や、ホテルでもらったシティガイドをいろいろみてどこにしようか迷った。Kennedy Library & Musiumという文字が飛び込んできた。図書館めぐりは趣味のひとつなんで、距離的に近いこともあり、ここに決めた。 朝起きて、コンシェルジェに行き方を聞くと、"T"(サブウェイ)でQuincy Centerにいけば、1時間に3本バスが出ているとのこと。タクシーを呼んでもらう。 スタバで朝食。タクシーがまもなくきた。よく見たら、機能と同じおっちゃん。今度は行き先はコンシェルジェにいったとおり、最寄り駅のQuincy Adamsでいいと伝えた。 ボストンの地下鉄はToken制。ちょっと難しいのが、市内Onlyであれば、入るときだけ金を払えばいいのだが、郊外までいくと改札を出るときにも金をとられる仕組みのようだ。Quincy Adamsから、Quincy Centerは近いので入るときだけ払う。Quincy Centerで出るときにゲートが押せないのであせった。落ち着いてから再トライ。ちゃんと出られた。近くのキオスクの兄ちゃんに不審がられる。 近くにバス乗り場があった。20分ぐらいまつとバスが来た。ただで乗れる。バスは大学を経由する。サッカーをやってた。アメリカではサッカー人気はないと思っていたが、そんなこともないようだ。10分ぐらいで目的地へ。 Library & Musiumってあったから、俺としては、普通の図書館と博物館が合体したような施設を想像していた。着いてから、とりあえず図書館をさがすが、なんか違う。博物館とショップはあるが、図書館は見当たらない。もしかして、休日かと思った。とりあえず、博物館へ。入場料をはらう。 博物館に入って、重大なことに気づく。Kennedyの歴史的資料を展示してある。ああ、ここって、普通の図書館じゃなくって、ケネディ関連の資料を保管しているという意味のLIbraryなんだと、理解してきた。 入ってしまったから、とりあえず、資料を鑑賞。ちょっとはまる。Kennedyは第二次大戦に軍隊として参加していたので、召集令状とか、服とか飾っている。とりわけ、Kennedyが家族にあてた手紙があったが、日本人の戦い方に対する驚きが書かれてあり、興味深く読んだ。死を恐れない攻撃にはアメリカ人もかなりてこずっていたようすが伺える。 ショートムービーを見る。日本の駆逐艦にKennedyの小船が体当たりされ、そこからの生還劇がまとめられていた。現地の人に協力してもらって、味方の場所にたどり着いたんだって。この一件でちょっとしたヒーローになったようだ。話は絵本にもなっていた。 地下に降りる。政界におけるKennedyの足取りが展示されている。選挙ポスターから始まり、演説のビデオ、テレビ討論会のスタジオの様子の再現、当時の家電製品等飾ってある。政治家はやはり雄弁。討論では世界大戦後ということもあり、外交を含めた対外政策が強調されていた。選挙活動の資料。この州ではこういうやり方でいこうとか、ちゃんと文書化されている。興味深い。 開票速報。ケネディ当選。政界活動。国際協力や、宇宙事業に力をそそいでいたらしい。続いて、キューバ危機。ここで、非常に印象深い言葉に出会う。会議中のメモにKennedyはこんな感じで書いていた。"Now I can see how Tojo felt at Perl Harbor." しばらく立ち止まる。 ここまでにかなり時間を費やしていたので、多少駆け足で進む。ケネディ暗殺。アナウンサーがめがねを外しながら伝えていた。 ここをすぎると、いきなり目の前に大海。驚いた。ケネディの言葉が壁に。「今われわれが抱えている問題は、非常に難しいもので、この政権の間に解決しないかもしれない。それどころかこの100年、1000年の間に解決できないかもしれない。だけど、今始めよう。」 建築物に感動させられたのは初めてだと思う。あの海の開放感は忘れられない。 記念品を買って外へ。時間帯はちょうどいい。 ———————————– 8月6日ということもあり、思ったことを書いてみた。

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